※A幼稚園 園だよりコラムの転載です。

子どもの遊びは、「現実を映す鏡」だと言われることがあります。子どもたちは幼いからといって何も分かっていないのではなく、彼・彼女たちなりに日々様々な現実の出来事を見て、感じており、そしてその経験を遊びとして再現しようとするということです。

だとすると、社会の様相が変われば、子どもの遊びも変わっていくということになります。A幼稚園でも、私がお邪魔するようになった10数年前から、子どもたちのお店の形態は変わってきていると感じます。たとえば、T組さんでは、モノを売り買いするというお店だけでなく、体験型施設のようなお店が増えてきているような気がします(良し悪しではなく、現に社会の中にそういう施設が増えてきているということなのだと思います)。

むしろ、社会の変化に応じて柔軟に子どもの遊びをアップデートしていくことが、保育実践においては重要ということになります。子どもが遊びに熱中できるためには、その遊びが「過去を映す鏡」なのではなく「現実を映す鏡」である必要がある。子どもがイメージするものが「ショッピングモール」なのに、大人が「デパート」の再現を推していているようなら、遊びは発展していかないでしょう。

さて、こうした話をするのは、A幼稚園にとってきわめて重要な影響を与えるであろう社会の変化が起こり始めているからです。それは、キャッシュレス化! これは大きな問題です。A幼稚園を象徴するものの1つに、ご存知「園通貨(仮名)」がありますが、その現金「園通貨」は、キャッシュレス化の未来には、どこへ行ってしまうのでしょうか? ……この答えは私も分かりません。もしかしたら「園通貨」がなくなってしまうかもしれないし、「A幼稚園の社会文化」として残り続けるかもしれません。

長くA幼稚園に関わる者として、私自身も「園通貨」への愛着もありますし、できれば残り続けてほしいという個人的な思いはあります。一方で、保育実践の質について考える上では、「園通貨」が担ってきた「機能」に注目することが重要になるでしょう。

A幼稚園に「園通貨」という紙幣があるのは、お金儲けの仕方を教えたいからではないはずです。紙という実際に手にとれる物体を使うことで、お店の人とお客さんのやりとりが誘発されやすくなる。お客さんは憧れのお店に行ってステキな商品を買いたい。日頃自分だけではできない「買う」という行為をやってみたい。お店の人はお客さんが紙幣を握りしめて来てくれるからこそ、もっとステキな商品をつくりたくなる。そして何よりも「ください」「どうぞ」のやりとりが生じる。人と人がかかわる。そのことに大きな意味があり、「園通貨」はそのかかわりを生じさせる大きな役割を担っていた(いる)はずです。

仮に(あくまで仮に)、「園通貨」がなくなったとして、本当に問題となるのは、「園通貨がなくなって寂しい」という大人の気持ちよりも、子ども同士のやりとりを誘発する装置が1つ失われるということことなのだと思います。ならば、紙幣という形態以外で、人と人とのやりとりを生じさせる新たな装置が(あくまで自然に)導入されていくことを期待したいのです。

私の想像では、メディアに関するお店・活動(「メディア」とは、そもそも「何かと何かをつなげるもの」という意味合いがある言葉です)や、もっと直接的に広告代理店的な業務を担うお店、ネットやテクノロジーを駆使したベンチャー企業などが、未来のA幼稚園の「かかわり」「やりとり」を担っていくのかなと思うのですが……はたしてどうなるでしょう? みなさんはどんな未来を想像されますか?