※A幼稚園園だよりコラムの転載です。

理由は分からないけど、何度も何度も同じ行為をくりかえす。急にどこかをじっと見つめだす。何が気にくわなかったのか、さっきまでのごきげんがウソのように泣き叫びだす。どうやら子どもの世界というのは、大人になってしまった私たちにはもう捉え難くなってしまった、出会いや発見に満ちた不思議でおもしろい世界のようです。

忙しい日々の中で、こうした子どもたちの姿に寄り添うことは、理想的ではありますが、なかなか難しいことでもあります。でも、だからこそ、子どもが見つめている世界をどうにかして言葉にして伝えることが大事だと言われています。園が伝えてくれるおたよりや帰り際のちょっとしたお話なども、そんな教育的な営みの一部だと言えるでしょう。(先生方は日頃ユーモアを交えいろんなお話をしてくれるのですが、それは専門性に裏打ちされたお話だと思うのです)

子どもの様子を丁寧に記録する取り組みは、「ドキュメンテーション」と呼ばれ、保育の世界で広く行わるようになりました。ただの出来事の記録ではありません。子どもの行動や言葉の背後にある思いを想像しながら、子どもたちの育ちを深く理解するための営みです。もちろん、すべてを明確に説明できるわけではありません。目の前の子どもの姿に引き込まれながらも、「なぜこんなことをしているのか」「何を感じているのか」と悩みながら書きとめる場面もたくさんあります。

書評家の三宅香帆さんが、書くことも読むことも「妄想力」が大事だというおもしろい話をされています(『「好き」を言語化する技術』)。保育でも家庭でも、大人からすると一見意味が分からないようなことも、「妄想力」をもっていろんな解釈をして【とりあえず】(最初から正しさを目指さずに)言語化してみることが、大事なのかもしれません。そして、それを読んで(聞いて)、「ああ、この子はきっとこんな思いだったんだろうなあ」とさらに「妄想」を広げてみる。正しいことは分からなくても、こうした営みを続けていくことが、子ども理解につながるのかもしれません。