先日、柏市立土小学校の校内研究「つなぐ学び」のまとめの会があり、参加させていただいた。(これまでの経緯などはこちら http://abemanabu.net/archives/3392

当日は、基本的にすべての先生が、自身が取り組んだ「つなぐ学び」実践についてポスター形式で発表をされていた。流行りの?一人一研究のようでもありつつ、全体に通底するテーマがどしんと横たわっており、研究としての重厚感を感じた。時間調整の工夫により、すべての先生が、すべての先生の発表を聞けたのではないかと思う。私もすべての発表を聞くことができた。すなわちすべての先生とかかわることができた訳である。質・量ともにたいへん充実した会であったと思う。

「つなぐ学び」に至るラジカルな実践を積み重ねて数年、そしてそれらを「つなぐ学び」というキーワードに集約して2年。研究部の関心としては、「それで、子どもが、どうなった?」という所のようで、そこを語ろうとする動きが見られたことは良かった。その上で、「どう語るか?」という点においては、もしかしたら、まだまだやれることがあるのかもしれない。私なんかは、「児童」なんてまとめずに、固有名にもとづく、Aさんの学びのストーリーをエピソードとして、詩的に語るなんてことでもよいのではと思うが、どうだろうか(先生方が求めているのは、「意欲的に学べましたか?」→98%…なんてことではないだろう)。幼児教育の畑にも行っているので、そう思う。そういうお話をさせていただいた。

それとは別に、充実した実践を聞きながら、ともすると拡散しがちな「つなぐ」ということの意味、土小なりの意味はなんだろうとも考えていた。さしあたりの結論は、学びの困っていたり、戸惑っていたり、辛い気持ちでいたりする子たちと、「手をつなぐ」という意味での「つなぐ」なのではということである。地域連携やICT活用、探究的な学びなど様々な特徴があり、一見派手にも見える土小の学びであるが、やはり最後は子ども一人一人と「手をつなぐ」ことを目指しているのだなと、自分の中ではすっと腑に落ちる感じがあった。だからこそ、子どもをどう見るかという課題に、さらに向き合ってほしいと願う次第である。