先日、令和5年度 第27回視聴覚教育総合全国大会 第74回放送教育研究会全国大会 合同大会にて、表題のセミナーを担当する機会をいただきました。これまで私が制作にかかわってきた教材づくりの裏側をお話してみたのですが、セミナーを終えてみて、それなりにユニークな内容だったかななどと感じたもので、テキスト部分(と一部写真)をここに書き残しておこうと思った次第。こういった内容をいずれ「教材論」としてまとめていけたらと思うのですが、それはもう少し先かもしれません。ご関心の方は、ぜひ一緒に何かできたら幸いです。

はじめに
教材の「発掘」から「デザイン」へ

  • 従来の教材づくり論:教材開発≒教材発掘(誰かのコンテンツを活用する)(有田1989)
  • テクノロジーの普及により、私たちも様々なコンテンツを生み出せるようになった。一昔前は、動画像の編集はプロの専売特許であったが、今はスマホひとつで簡単に制作可能である。
  • “The best way to predict the future is to invent it.” アラン・ケイ
    未来を予測する最善の方法は、それをつくり出してしまうことだ。
    →未来(の授業)を予測する最善の方法は、それを(教師自らが)つくり出してしまうことである!?

コンピテンシーも大事だが、コンテンツ大事である!?

  • アクティブ・ラーニングの時代:
    – コンテンツ(内容・知識)重視の授業から

    – コンピテンシー(資質・能力)≒思考、議論、協働、創造……重視の授業への転換が求められている。
  • しかし、それは、コンテンツを軽視していいということではない(はず)
  • 例)プロフィールサイト(プロフ)を題材とした読み物教材(阿部2017でとりあげた事例を改変)
  • 教材(+その使い方)によっては、そこで養われるコンピテンシーは空虚なものになる。空虚なお題について思考をしても、空虚な学びしか得られない。
現実として、私たちは教材をもとに話し合いをすることが多い。
教材の質にこだわることは、以前にもまして重要。

つくれる人も、つくれない人も。

  • デジタル技術の特徴→コピー可能、時間を越える……
  • 自分がつくった教材を、シェア可能である。→ つくれる人は、どんどんシェアを……!
  • 誰かがつくった教材を、発掘可能である。→矛盾するようだが、教材を「発掘」する力はやはり重要(玉石混交)
    →「デジタル=おもしろそう」のレベルを越えて、教材をよく「読める」ようになることが重要になる。

教材①
数学史を描く、アニメーション教材(阿部ほか2012)

  • 中学校数学への意欲が低い生徒がいる。何かできないか?
現職教員へのヒアリングにて、中2・図形の証明の単元が苦手な生徒が多いとの結果。
  • 数学史(人物、歴史的背景、社会的意義など)を取り上げることで、意欲・関心・興味を高めることができるとの先行研究がある
  • しかし、いくつかある実践例を見るとシリアス(まじめ)な内容のものが多い。それが「意欲が低い生徒」向けかというと??
  • ※「意欲が低い生徒」に向けて教材をデザインするのなら、もう少し工夫ができるのでは→→→教材紹介

教材を考える2つの言葉

  • 教材は「現実の状況を示す模型」(宇佐美1989)である。
「模型」足り得るよう、教材のリアリティを追求しなければならない。(例)「プロフ」教材のリアリティ/現地主義・取材
  • 一方で、リアルなものを教室に直接持ち込むことは、
ときに、つらいことにもなる。つまらない場合もある。
(例)いじめをどう教えるか?/職場(体験)のリアル/タレス
  • リアルなものを、いかに教室/子どもに馴染ませるかも重要。
ファンタジーのさじ加減を調整する。
※リアリティとファンタジーのあいだ「2つの分水嶺」(イリイチ2015) 
  でバランスをとる。「いい加減」を探るセンス=教材デザイン力
  • 「ファンタジーの文法」については未検討の部分が大きい。
私たちは「おもしろさ」について、もっと議論すべきである…!

教材②
選択と分岐を取り入れた実写ドラマ型教材(阿部ほか2018)

  • いじめ防止のための「脱・傍観者」教育。
    (4層構造→被害者、加害者、観衆、傍観者:森田2010など)
  • クラスにいじめを肯定する雰囲気が強ければ、いじめが深刻化しやすく、否定する雰囲気が強ければ、いじめが抑止されやすい。
(藤川ほか2016)
  • ところが「正面突破」の教育では難しい。
 
    – 「クラスの雰囲気を良くしよう」と訴えて本当に伝わるか?
 
    – 「クラスの雰囲気」を客観的に捉えられるのか?
  • ※「クラスの雰囲気」を実感しながら、「脱・傍観者」の重要性について考えられる教材をデザインできないか?→→→教材紹介

動画教材のゲーミフィケーション

  • A)「クラスの雰囲気」を割合に見立てる。
 
    – 「雰囲気」は絶対ではない → 割合による抽選
   
    → よい雰囲気が増えれば、よい結果が導かれやすくなる
  • B)抽選結果によって、結末が分岐する。
 
    – 自分たちの選択の妥当性や、あったかもしれない未来を問うことができる(おもしろい) 
  • C)「私たちの選択肢」の伏線回収。
  • ゲーミフィケーション(Gamification:ゲーム化)

    ※ ゲームデザインの要素を、ゲーム以外の活動に応用する営み
(目では捉え難いものを数値化する、「選択」というプレイしてるぞ感、リトライ的思考が可能になる→ゲーム的)
  • かつて動画教材は「ただ、見る」しかなかった。ゲーミフィケーションを生かして「参加する」「プレイする」デザインも可能

教材③
いじめ問題を描くデジタルアニメ教材

  • 「いじめはよくない」とみんな分かっている。
 しかし、いじめは起こっている。
 →「認知の歪み」や「空気」の影響について考えることが重要
  • しかし「認知の歪み」や「空気」についてどう伝えたらいいか?
   ↓
クリエイターの力を借りて、そうした状況を「がんばって、ちゃんと」描く
 ◎ 取材や議論にもとづく原案作成。
 ◎ 編集者を交えてのシナリオ作成。
 ◎ 漫画家・イラストレーターとの議論。
 ◎ 声優への依頼。
  • ※ コラボレーションによる教材開発の可能性 
    得意を持ち寄ろう、得意な人とつながろう(絵を描く、話をつくる…)
    「好き」を教材デザイン力に変えよう(漫画、アニメ、小説、動画…)
    →→→教材紹介

教材デザインにより授業を変える

  • 1~3分、4~8コマ程度のデジタルマンガ教材。

    →話し合いの時間を多くとるため、意図的に短めにしている。
  • マンガ家や編集者と何度も打ち合わせをし、質の向上を図っている

    →「おもしろい」が議論をスタートさせる。
  • 出来事のすべてを描かない。

    →教材ですべてを伝えきるのではなく、教室の話し合いで補完をする/考え、議論する  
  • 結末を描かず、主人公が戸惑う場面で終わる。

    →あらかじめゴール設定がなされている。道徳の詰将棋ゲームを回避する。
  • 解釈の余地がある<微妙>な「気持ち」を描く

    →シン・心情追求型授業ゲームをねらう。

教材デザインのプロセス

  • 学校関係チームで、ブレスト。テーマのアイデアを出す(いじり、SNS、親に相談できない…)
  • 教材化の可能性がありそうなアイデアについて、詳しくコマ・セリフ等を考える。
  • マンガ家さんと打ち合わせ。方向性を共有しながら、一緒に案を修正する。
  • 台本を確定し、声優さんに説明する。収録する。
  • 編集して完成。指導案を作成し、実際に子どもたちに授業を行う。

おわりに

  • 誰もが教材を「デザイン」する時代へ。「遊び心」が発揮された、おもしろい教材がつくられ、シェアされたなら…! 
  • “To be playful and serious at the same time is possible and it defines the ideal mental condition.” ジョン・デューイ
  
    →「遊び心」と「まじめな心」って、反対のもののように思えるかもしれないけど、一人の心のうちに同時に存在するものなんだよね。そして、それってとっても自然で理想的なことなんだよね(引用者意訳)
  • それで子どものハートに火がつくなら
教材は、もっともっと、おもしろくてよいのではないか?

参考文献

  • 阿部学・塩田真吾・藤川大祐・古谷成司・市野敬介(2012)「アニメーション教材を活用した数学史の授業開発―中学校数学「図形の証明」における試み―」CIEC研究会論文誌、Vol.3、pp.23-27
  • 阿部学(2017)「教材を「デザイン」する時代:教材のリアリティとファンタジーを考える」阿部学・伊藤晃一『授業づくりをまなびほぐす」静岡学術出版、pp.40-70
  • 阿部学・藤川大祐・山本恭輔・谷山大三郎・青山郁子・五十嵐哲也(2018)「脱・傍観者の視点を取り入れたいじめ防止授業プログラムの開発―選択と分岐を取り入れた動画教材を用いて―」コンピュータ&エデュケーション、Vol.45、pp.67-72
  • 阿部学(2021)「「動画」を活用した保育者の力量形成支援に関する試論的考察」千葉敬愛短期大学紀要、第43号、pp.1-9
  • 阿部学・谷山大三郎・下大澤翔吾・常松心平・藤川大祐(2022)「いじめや人権について考えるデジタルマンガ教材シリーズ「Changers(チェンジャーズ)」のデザイン―「いじめゲーム」の「ルール」を「チェンジ」するという発想にもとづいて―」敬愛大学教育学会紀要、第1号、pp.1-12
  • イヴァン・イリイチ(2015)『コンヴィヴィアリティのための道具』筑摩書房
  • 宇佐美寛(1989)『「道徳」授業に何が出来るか』明治図書
  • 藤川大祐・青山郁子・五十嵐哲也(2016)「ネットいじめの芽における小中高生の傍観者行動と文脈要因の違いにおける差の検討」日本教育工学会第32回全国大会講演論文集、pp.663-664
  • 森田洋司(2010)『いじめとは何か』中央公論新社
  • アニメーションで図形の証明を学ぶ http://www.gakko-net.com/archives/513
  • いじめ防止プログラム教材「私たちの選択肢」 https://standby-corp.jp/about/forschool/watashitachinosentakushi/
  • いじめや人権、話し合おう、変えていこう。Changers(チェンジャーズ) https://wearechangers.jp/