※某幼稚園園だより掲載コラムの転載です。

新園舎をぼうっと歩いていると、色々な発見があり楽しいです。いま気になっていることは、あちこちに「中間の場所」「あいまいな場所」があるということです。具体的に言いますと、1階・玄関の外側から年中組のお部屋の方に伸びているスペースや、2階・外にある屋上庭園のようなスペース、さらには園舎内のお部屋とお部屋の間にあるちょっとした廊下などのことです。(1階と2階のスペースについては、テラスとかデッキとか呼べばよいのでしょうか?)

前段では、分かりやすく説明するために便宜上「外」という表現を使っていますが、これらのスペースは、厳密には内(お部屋の中)でもなく、外(園の敷地外)でもない場所です。そうした意味で、「中間の場所」「あいまいな場所」と呼べる場所だと思うのです。

内でも外でもないというと、何のための場所だか分からない不要なスペースに思われるかもしれません。しかし、保育研究においては、こうした場所が子どもたちにとってちょっとの間のんびりできる縁側のような場所になったり、内あるいは外の活動を受け止め拡大する機能を担ったり、気持ちを落ち着かせる隠れ家となったりすることがあるのだと指摘されています。「中間の場所」「あいまいな場所」は、「中間」であるからこそ外にも内にも変わることができ、「あいまい」であるからこそわりきれない気持ちを受け止めてくれる場所になりうるのだと思います。

いま、幼児期の教育は「環境を通して行う」ことが基本とされています。大人(人間)がすべてを指示したり教示したりするのではなく、遊び込める場所やつい触りたくなる道具など、子どものまわりにある環境の方を整えていこうという考え方です。環境が重要なのであれば、内と外に加え、こうした「中間」「あいまい」という「環境のバリエーション」がいくつもあることは、保育の質を高める上でとても意義あることのように思われます。

私自身がそうなのですが、A幼稚園の保育を見ようとすると、それぞれのお部屋で行われているリアリティある活動につい目が惹かれます。もちろん、そうした活動がA幼稚園の保育の中心にあるのだとは思いますが、その周辺に「中間」「あいまい」といった様々な要素も多々存在しているのだと思います。◯◯屋さんといった分かりやすい諸活動に加え、それらを支えるあいまいな要素もある。ふだんはつい見過ごしてしまうような様々な要素により、保育という営みが成り立っているのでしょう。

参考:境愛一郎『保育環境における「境の場所」』ナカニシヤ出版