私にとって初の単著、『子どもの「遊びこむ」姿を求めて:保育実践を支えるリアリティとファンタジー』(白桃書房)が2017年3月31日に発売となりました。

この本は、博士課程のあいだ、私がずーっと通ってきたA幼稚園(仮名)での研究をまとめたものです。帯にも書かれているのですが、何もない保育室、まちづくり、園通貨、アート、メディア、暗号、冒険、自由保育への転換……と、ユニークさ溢れるA幼稚園の実践が、いかなる構造のもと成り立っているのかを考えていきます。

私が初めてA幼稚園を訪れた時、私の研究テーマは、中学生との表現活動だったり、企業と連携した授業づくりだったりしました。たまたま、なんとなく、訪れたA幼稚園。雷に打たれました。「何が起こってるのかぜんぜん分からんけど、なんだかめっちゃおもしろい!」「何とかこの実践の構造を解明したい!」「幼児教育だけでなくすべての教育実践に示唆を与えるはずだ!」と意気込み、まるで『熱帯』に探検に行くかのように、現場に通い続け、実践を見つめ続けました。

最初の数年は、このユニークさを記述する枠組みも力量もなく、現場に通うのは楽しいんだけど成果は上がらない……という状況が続き、日々、ああでもないこうでもないと悩み続けました。ある時、指導教員の藤川大祐先生@千葉大と議論していて湧き上がった「リアリティ」と「ファンタジー」という言葉。そして(本書では直接掘り下げてはいませんが)バフチンやワーチの言うような多声的なものとして実践を見つめること、真にそう見つめること。社会ネットワーク論でいうような、異質原理的に見つめること。そうした言葉や思考フレームを獲得していくにしたがい、「おもしろいけどよくわからない」A幼稚園の実践を少しずつ記述することができるようになってきました。(と、自分では思っています)

本書で取り上げた事例は、家具店IKEAを再現しようとする遊び、メディアを活用した遊び、キャラクター制作に苦労する様子、ホンモノの新聞記者やアナウンサーとのかかわり等々。ダイナミックな実践の背景に、リアリティとファンタジーの多層構造があるということを私にできる限り丁寧に記述したつもりです。(保育)実践を捉える時、一面的ではなく、多層的に捉える。多層的な実践の空間は、おもしろい、楽しい。そうした「もののみかた」を実践にそくして導き出していくことが、本書の探究でした。保育関係者だけでなく、様々なフィールドの実践者のみなさんに読んでもらいたいです。

私はもともと保育研究者ではなかったため、本職の方々からすればいびつな捉え方や言い方をしていると思われるかもしれません。が、だからこそ、今までとは少し違う「もののみかた」を提案できたと思っています。ある程度はカクシン犯的なところもありますが、どうでしょうか。

(おまけ)勝手にこうしたことを語ってよいのか分かりませんが。指導教員だった藤川大祐先生は、今は、メディアリテラシー、企業との連携、キャリア教育等々で広く知られているのかもしれません(あとは……AKB!?)。ですが、私が本研究のロールモデルとしていたのは、先生がかつて行っていた築地久子学級の研究でした。「おもしろいけどよくわからない」実践を丁寧に追い、特徴を明るみにしていくこと。幼稚園と小学校と、フィールドは違いますが、『「個を育てる」授業づくり・学級づくり―5つのキーワードで築地学級を読む』(学事出版)をつねに手元におき、思考・研究のお手本としいていました。ある時、「自分は築地学級をみてきたことから離れられない」ということをぼそっとおっしゃっていたことが忘れられません。メディア、キャリアなどカタチは変わっても、若い時につちかわれた自分の根っことなるようなもの――理想の実践像は変わらないということだと思います。本書にも書いていますが、私にとってのA幼稚園も、そうしたものだろうと思っています。今この時、初めての単著を、A幼稚園をテーマとしたものとして出版でき、とてもよかったと思っています。
(過去ブログからの転載です)

(おまけ情報)9月11日発行の「日本教育新聞」に書評が掲載されました。大久保俊輝氏(文教大学)の執筆で、「現代が抱える教育課題のほぼ全ての回答や示唆や系統が本書の中に網羅されているから驚きである」などと高くご評価いただいています。
白桃書房のページ
転載ページ

※過去記事の転載です。